水しぶきや飛ぶ鳥をくっきり撮るには、短い時間だけ光を当てる方法があります。では、原子の中や分子の間で変化する電子を調べるには、どれほど短い光が必要なのでしょうか。今回の主役は、アト秒という極端に短い時間だけ続くX線の光です。
東京大学、理化学研究所、大阪大学、JSTは2026年10月27日、国際共同研究グループによるアト秒X線レーザーの生成と時間幅の測定を発表しました。論文は10月20日付のNature Photonicsに掲載されています。この記事では、発表で分かったことを押さえたうえで、時間の短さ、光を作る方法、その短さを確かめる方法を順に解説します。[1]
アイキャッチと本文の画像3枚はAI生成の概念イメージです。実際の装置・実験・電子の観測画像ではありません。光の色、原子の形、部品の配置は説明用の表現です。
アト秒とは?1秒をさらに細かく分けた時間
1アト秒は10の18乗分の1秒、記号で書くと10⁻¹⁸秒です。「アト」は単位の前に付ける接頭語で、時間に限った名前ではありません。たとえばミリ秒のミリが千分の1を表すのと同じように、アトは極端に小さい割合を示します。
| 名前 / Name | 秒で表す / In seconds | 一つ上の単位との関係 / Relation |
|---|---|---|
| ナノ秒 / Nanosecond | 10⁻⁹秒 | 1秒の10億分の1 |
| ピコ秒 / Picosecond | 10⁻¹²秒 | 1ナノ秒の1000分の1 |
| フェムト秒 / Femtosecond | 10⁻¹⁵秒 | 1ピコ秒の1000分の1 |
| アト秒 / Attosecond | 10⁻¹⁸秒 | 1フェムト秒の1000分の1 |
今回の研究で調べられた光パルスの時間幅は、ショットごとに100〜400アト秒の範囲で変動していました。フェムト秒に直すと0.1〜0.4フェムト秒です。同じ「短い光」と呼んでも、すべての一発が同じ長さだったわけではありません。[2]
100アト秒を1秒に引き伸ばすと?
100アト秒は10⁻¹⁶秒です。この時間を1秒に引き伸ばす倍率は10¹⁶倍になります。同じ倍率で元の1秒も引き伸ばすと、10¹⁶秒です。1年を365.25日として計算すると約3億1700万年に相当します。
これは時間の比を想像するための換算です。装置が何億年分を観測したという意味ではありません。「秒」と「アト秒」の隔たりを、人が想像しやすい尺度へ置き換えています。こうして比率を取り出すと、数字の桁だけを眺めるより短さが伝わります。
短い光を使うと、なぜ速い変化を調べられる?
カメラで動く物体を撮ると、露光している間に被写体が移動し、像がぶれます。照明の時間を短くすると、その間の動きが小さくなります。超高速な現象を調べる光でも、この考え方が入口になります。
ただし、電子を調べる実験は、スマートフォンで小さな球を撮影する作業とは異なります。電子は古典的な粒の軌道だけで表せず、検出される信号も実験によって違います。「電子の動きを見る」とは、光の吸収や放出などから、電子の状態がどう変わったかを読み取る場合も含みます。
理解のため、速度vで一定方向へ動く物体に、時間Δtだけ光を当てる単純な例を考えます。その間の移動距離はΔx=vΔtです。この関係は、速度と時間を掛ければ距離になるという運動の基本から得られます。
| 記号 / Symbol | 意味 / Meaning | 単位・条件 / Unit and assumption |
|---|---|---|
| Δx | 光を当てる間の移動距離 / Displacement | m |
| v | 仮定した一定速度 / Assumed constant speed | m/s。電子の実測速度ではない |
| Δt | 照明の時間 / Illumination duration | s |
照明中に進む距離を計算する
仮にv=100万m/s、Δt=100アト秒=10⁻¹⁶秒とすると、移動距離は10⁶×10⁻¹⁶=10⁻¹⁰m、つまり0.1ナノメートルです。時間を10倍の1フェムト秒にすると、同じ仮定では距離も10倍になります。
これは短い照明の意味を考えるための計算で、今回の装置の空間分解能や電子の軌道を求めたものではありません。量子状態の観測には、光の波長、試料との相互作用、検出方式なども関わります。短い光さえあれば、すべてを同時に細かく見られるわけではないのです。
X線の「波長」と光パルスの「時間幅」は違う
ここで混同しやすいのが、X線の波長と、光パルスの時間幅です。波長は波の山から次の山までの距離です。一方、時間幅は、ある場所に光のまとまりが届いている時間の長さを指します。
たとえるなら、波長は列車の車両の並びにある細かな繰り返し、パルスは列車全体のまとまりに対応します。ただし、光が車両でできているわけではありません。一つの波の繰り返しと、その波が集まった包みの長さを区別するための比喩です。
真空中の光速を約3×10⁸m/sとすると、100アト秒の間に光は3×10⁻⁸m、約30ナノメートル進みます。400アト秒なら約120ナノメートルです。これも「時間幅を進行方向の長さに換算した値」で、X線の波長そのものではありません。
研究の題名にある「硬X線」は、X線の中でも高い光子エネルギーを持つ領域を指します。短い時間を調べたいという要求に加え、物質とどう相互作用する光を使うかも重要になります。身近な「光が短い」という表現だけで、波長もパルス幅も同じものとして扱わないようにしましょう。
磁石の列で電子を揺らし、X線レーザーを作る
今回使われたのは、米国SLAC国立加速器研究所のLCLSというX線自由電子レーザー施設です。自由電子レーザーは、原子や分子に束縛された電子の遷移だけを使う方式とは異なり、加速された電子ビームから光を取り出します。[2]
SLACの解説によると、加速した電子のまとまりをアンジュレータという磁石列へ入れ、交互の磁場で進路を揺らしてX線を放出させます。電子と光が相互作用し、強いレーザー光が作られます。電子のビームと、実験へ送るX線の光は、同じものではありません。[3]

今回の公式発表は、1フェムト秒以下の電子パルスを磁石列へ通し、極めて短いX線レーザーを作ったと説明しています。装置全体が小さくなったという話ではなく、大型施設の中で電子の時間的な構造を制御し、短い光を得た成果です。[1]
ここには、光を作る工程と、作った光を調べる工程があります。短くなるよう装置を設計しただけでは、実際に何アト秒だったかは確定しません。次に必要になるのが、生成したパルス自身の時間幅を確かめる測定です。
短すぎる光を、どうやって測ったのか
普通の時計や撮影装置で光の始まりと終わりを直接読むのは困難です。研究グループは、短いX線を金属へ照射したときの「増幅自然放出」と呼ばれる現象に注目しました。これは、最初に生じた放出光が、励起された物質の中でさらに増幅される過程です。
論文要旨では、遷移金属から出る集団的なX線蛍光の量を分析し、パルス幅と、その一発ごとの変動を調べたと説明されています。公式発表も、特殊な蛍光の強度を測定し、理論計算との比較によって時間幅を求めたとしています。[2][1]

この測り方は、物質が光に応答した結果から、入射した光の性質を推定する方法です。たとえば、温度計も温度そのものを目で見る装置ではなく、物質の変化を温度へ対応させています。アト秒の測定でも、何を信号として読み、どの理論と結び付けるかが重要になります。
そのため、強い蛍光が見えたことだけを取り出して「短いと証明できる」と説明するのは不十分です。測定条件と計算モデルを合わせて検討して初めて、時間幅についての結論が得られます。本記事では取得できた公式発表と論文要旨の範囲を扱い、未確認の試料条件や装置性能の数値は補っていません。
「測る光の完成」と「電子の動画撮影」を分ける
研究の読みどころは、速い現象に届く光を作るだけでなく、その光がどれほど短いかを確かめたことです。この成果から、今回の実験だけで任意の分子の電子動画が完成した、と結論することはできません。
| 段階 / Stage | 何を意味するか / Meaning |
|---|---|
| 光源 / Light source | 硬X線領域の短いパルスを生成する |
| 診断 / Diagnostics | 物質の応答と理論から時間幅を調べる |
| 物質の研究 / Matter studies | 適切な試料と測定法を組み合わせて電子状態の変化を探る。今回の光源成果と区別する |
将来の実験を考えるときには、照明の時間だけでなく、現象を起こすタイミングとのずれも問題になります。たとえば、非常に短いフラッシュでも、毎回違う時刻に光れば、同じ瞬間を比較しにくくなります。これは一般的な測定上の考え方で、今回の実験で特定のずれが報告されたという意味ではありません。
また、繰り返し測った結果を一つの変化としてつなぐなら、試料や現象がどれほど再現するかも確かめる必要があります。光源、測定法、試料を一組で考えることが、「速い光ができた」というニュースを具体的な観測へつなぐ道筋になります。

アト秒の光は、今回初めて作られたの?
アト秒パルスそのものは、今回初めて登場したものではありません。2023年のノーベル物理学賞は、物質中の電子の動きを調べるためのアト秒光パルスを生成する実験手法に対して授与されました。今回の論文を読むときは、硬X線領域と、そのパルスの実験的な確認に注目する必要があります。[4]
「世界初」という短い言葉だけでは、光の領域、生成法、測定法のどこが新しいのかが抜け落ちます。今回も、アト秒研究全体の出発点と混同せず、既にある手法の中で何が確かめられたのかを見ると、成果の位置付けが分かりやすくなります。
まとめ
2026年10月に発表された研究は、硬X線のアト秒パルスを生成し、金属からの放出光と理論計算を手がかりに、100〜400アト秒という時間幅を調べました。短い光を用意することと、その短さを測定で確認することの両方が重要です。
時間幅、波長、空間分解能はそれぞれ別の量です。電子の動きを探るには、短い照明に加え、試料や信号の読み方まで組み合わせる必要があります。今回の成果は、電子が関わる速い変化を調べるための光と、その評価法を前へ進めるものとして読めます。
出典・関連記事
- JSTほか共同発表(2026年10月27日)
- Inoue, I. et al. Experimental demonstration of attosecond hard X-ray pulses, Nature Photonics(2026年10月20日)。DOI: 10.1038/s41566-026-02026-7。書誌情報・要旨を確認。2025年6月9日公開のプレプリントは査読後の掲載版と区別しています。
- SLAC:X線自由電子レーザーの仕組み。装置の基本原理の解説に使用。
- 2023年ノーベル物理学賞の公式発表。アト秒研究の背景。
量子の世界を調べる仕組みでは、陽電子を閉じ込めて量子状態を調べる研究もあわせてご覧ください。



コメント