自発的対称性の破れとは、法則を表す式には対称性があるのに、選ばれた最低エネルギー状態がその対称性を持たないことです。式そのものに非対称な項を加える「明示的な破れ」と区別します。「何が対称か」と「どの状態を選んだか」を分けると、素粒子の質量や物質の相転移を同じ考え方で見通せます。
ただし、すべての対称性の破れが同じ粒子を生むわけではありません。この記事では、まず二つの谷を持つ簡単な模型を手計算し、次に谷底が円周につながる模型、最後にヒッグス機構へ進みます。確立した仕組みと宇宙論上の仮説も分けて整理します。
対称性とは、何を変えても同じなのか
対称性は、見た目が左右対称という意味だけではありません。ある変換をしても、物理法則が変わらない性質です。例えば、実験装置全体を同じ距離だけ平行移動しても同じ法則が働く、というのが空間並進の対称性です。十分な条件のもとで、連続的な対称性は保存則と結び付きます。時間並進にはエネルギー保存、空間並進には運動量保存が対応します。
ここで重要なのは、法則が回転に対して同じでも、一つの物体の配置まで回転対称である必要はないことです。机に横たわる鉛筆は特定の方向を向きますが、法則がその方向だけを特別扱いしたわけではありません。CERNも、先端で立つ鉛筆が一つの方向へ倒れる例で、この区別を説明しています。[1]
この比喩は「選択肢は等価でも、実際の状態は一つ」という点をつかむためのものです。倒れる運動そのものを、量子場の真空の厳密な説明と同一視はできません。場の理論でいう真空は、何も存在しない空白ではなく、系の最低エネルギー状態を指します。
三つの場合を見分ける
| 場合 / Case | 法則 / Law | 状態 / State |
|---|---|---|
| 対称性が保たれる / Unbroken | 変換で不変 | 選ばれた状態も不変 |
| 自発的な破れ / Spontaneous breaking | 変換で不変 | 選ばれた状態は別の等価な状態へ移る |
| 明示的な破れ / Explicit breaking | 非対称な項があり不変ではない | 法則の段階から選択肢が等価ではない |
「対称性が破れた」と聞いたら、変換の種類、法則の対称性、状態の対称性の三つを確認しましょう。弱い相互作用のパリティ非保存も、以下の実スカラー場の自発的な破れと同じ現象ではありません。
二つの谷がある模型を計算する
ラグランジアンと二重井戸型ポテンシャル
空間の各点に実数の値を割り当てる場を、実スカラー場と呼びます。ここでは場の値をϕとし、その運動を記述するラグランジアン密度と、値に応じたエネルギーを表すポテンシャルを次の形にします。式の意味を調べるための模型で、特定の実験値を当てはめたものではありません。[6]
\[\begin{aligned}\mathcal L&=\frac12(\partial_\alpha\phi)(\partial^\alpha\phi)-V(\phi)\\V(\phi)&=-\frac{\mu^2}{2}\phi^2+\frac{\lambda}{4}\phi^4\end{aligned}\]
記号と単位の確認
| 記号 / Symbol | 意味 / Meaning | 単位・条件 / Units and conditions |
|---|---|---|
| ϕ | 実スカラー場 / Real scalar field | 4次元時空、ℏ=c=1ではGeVなどのエネルギーの次元 |
| ℒ、V | ラグランジアン密度、ポテンシャル / Lagrangian density, potential | 同じ自然単位系ではGeV⁴など、エネルギーの4乗の次元 |
| μ | ポテンシャルの尺度 / Potential scale | μ>0、エネルギーの次元 |
| λ | 四次の結合 / Quartic coupling | λ>0、無次元 |
| ∂α、∂α | 時空微分と計量による添字の上げ下げ / Spacetime derivatives | αは時空の添字。尺度μとは別の記号 |
符号を変えても同じポテンシャル
ϕを−ϕに変えても二乗と四乗は同じなので、ポテンシャルは変わりません。運動の項も不変です。これは符号を入れ替える離散的な対称性です。λが正なら、十分大きな|ϕ|では四次の項が大きくなり、下へ際限なく落ちる形にはなりません。
微分して、安定な点を見分ける
最低エネルギーの候補は、ポテンシャルの傾きがゼロになる場所です。ただし傾きがゼロという条件だけでは、谷底と山頂を区別できません。二階微分も使います。
\[\begin{aligned}V'(\phi)&=\phi(-\mu^2+\lambda\phi^2)=0\\V”(\phi)&=-\mu^2+3\lambda\phi^2\end{aligned}\]
| 記号 / Symbol | 意味 / Meaning | 単位・条件 / Units and conditions |
|---|---|---|
| V′、V″ | ϕに関する一階・二階微分 / First and second derivatives | 自然単位系で、それぞれエネルギーの3乗・2乗の次元 |
| ϕ、μ、λ | 上の模型と同じ場・尺度・結合 / Same model parameters | μ>0、λ>0 |
候補はϕ=0と、ϕ=±μ/√λです。0では二階微分が−μ²で負なので山頂に当たります。二つの非ゼロの候補では、二階微分が−μ²+3μ²=2μ²で正になり、谷底だと分かります。谷底のポテンシャルは−μ⁴/(4λ)で、0における値より低くなります。
二つの真空から一つを選ぶ
符号を反転すると、右の谷底は左の谷底へ移ります。両方のエネルギーは等しいものの、「右の谷底を選んだ状態」は符号反転の前後で同じ状態ではありません。法則の対称性と、選んだ状態の対称性が一致しないという意味が、ここにあります。
数値を入れて検算する
説明用としてμ=2 GeV、λ=1を選びます。場の候補は0、+2 GeV、−2 GeVです。0ではV=0、二階微分は−4 GeV²。+2 GeVと−2 GeVではV=−8+4=−4 GeV⁴、二階微分は−4+12=8 GeV²となります。山頂より低い二つの谷底を、同じ計算で確認できます。
この例で「真空が+2になったから、方程式に最初から+向きの力が書かれていた」と考えるのは誤りです。−2も同じ条件を満たします。現実の系でどちらが選ばれるかには、境界条件やごく小さな外部の影響なども関係します。
有限の量子系では、二つの谷の間のトンネル効果により、対称な状態の重ね合わせを考える必要がある場合もあります。厳密な自発的な破れを論じる場の理論や多体系では、無限体積・熱力学極限などの扱いが重要です。谷の絵だけで、あらゆる有限系に二つの厳密な基底状態があると結論してはいけません。
図で比べる:二つの谷と、連続した谷底
無次元の図をどう読むか
| 記号 / Symbol | 意味 / Meaning | 単位・条件 / Units and conditions |
|---|---|---|
| u | 場を尺度で割った量。u=√λϕ/μ / Rescaled field | 無次元、μ>0、λ>0 |
| W | ポテンシャルを尺度で割った量。W=λV/μ⁴ / Rescaled potential | 無次元。極小はu=±1、W=−1/4 |
円周状の谷底と、ゴールドストーン粒子
実スカラー場一つの模型には、谷底が二つありました。二成分の場へ広げて回転に対する連続的な対称性を持たせると、谷底が円周状につながる模型を作れます。山頂を囲む谷底を持つ姿から、メキシカンハット型ポテンシャルと呼ばれます。
谷底の一点を選ぶと、変化の方向は二つに分かれます。半径方向へ動くとポテンシャルが増えます。一方、円周に沿って十分小さく動くなら、理想的な模型では同じ低さを保てます。後者にはポテンシャルを持ち上げずに動ける自由度があり、低エネルギーの励起を考える入口になります。
大域的な連続対称性に対する定理
ゴールドストーンの定理は、相対論的な場の理論で、条件を満たす連続的な大域対称性が真空で自発的に破れると、質量ゼロの励起が現れることを述べます。1962年のGoldstone・Salam・Weinbergの原論文では、この主張の証明が示されています。[2] 「大域的」とは、空間の場所によらず同じ変換を行うことです。
選んだ真空は、変換で変わるか
この模型で確認したい条件を、真空期待値への生成子の作用で表すこともできます。
\[T^a\langle\phi\rangle\ne0\]
| 記号 / Symbol | 意味 / Meaning | 単位・条件 / Units and conditions |
|---|---|---|
| Ta | 連続変換の生成子 / Symmetry generator | aは生成子を区別する添字。通常は無次元 |
| 〈ϕ〉 | 真空での場の期待値 / Vacuum expectation value | 場と同じ次元。模型により多成分 |
| ≠0 | 変換で選んだ真空が変わる / The chosen vacuum changes | 破れた生成子についての条件 |
離散対称性しかない二重井戸の模型には、円周方向の連続した谷底がありません。したがって、その対称性が破れたという理由だけでゴールドストーン粒子は生じません。また、局所的なゲージ対称性を扱うときは事情が変わります。「連続なら必ず観測できる質量ゼロの粒子が一つ出る」と、条件を省いて覚えないことが大切です。
ヒッグス機構では、何が質量を持つのか
標準模型の電弱理論では、複素数の成分を持つヒッグス場Φを用います。ここでは二成分の複素場である二重項として扱います。同じΦという字でも、先ほどの実数一つのϕとは成分数が違います。ポテンシャルを次の規格化で書きましょう。
ヒッグス場の記号と定義
\[\begin{aligned}V(\Phi)&=-\mu^2\Phi^\dagger\Phi+\lambda(\Phi^\dagger\Phi)^2\\\langle\Phi\rangle&=\frac1{\sqrt2}\begin{pmatrix}0\\v\end{pmatrix}\end{aligned}\]
| 記号 / Symbol | 意味 / Meaning | 単位・条件 / Units and conditions |
|---|---|---|
| Φ、Φ† | 複素ヒッグス二重項と複素共役転置 / Higgs doublet and Hermitian conjugate | 4つの実成分。自然単位系ではエネルギーの次元 |
| μ、λ | この規格化のポテンシャル係数 / Potential parameters | μ>0、λ>0 |
| v | 真空期待値の尺度 / Vacuum scale | エネルギーの次元。標準模型で約246 GeV |
| Φ†Φ | 場の大きさの二乗 / Squared field magnitude | 真空ではv²/2 |
| ρ | Φ†Φの別名 / Squared field magnitude | エネルギーの2乗の次元。実空間の距離ではない |
場の大きさとvの違いを確かめる
ρ=Φ†Φと置けば、ポテンシャルは−μ²ρ+λρ²です。ρで微分して−μ²+2λρ=0とすると、極小はρ=μ²/(2λ)になります。したがって|Φ|=μ/√(2λ)です。一方、上の定義ではρ=v²/2なので、v=μ/√λとなります。|Φ|とvに√2の違いがあるのは、同じ量を違う値で計算したためではなく、定義が違うためです。
W・Zの質量を計算する
この真空の周りで場の運動とゲージ場の結合を展開すると、WとZの質量に対応する項が現れます。標準模型の式は次の形です。[6]
\[m_W=\frac{gv}{2},\qquad m_Z=\frac{v\sqrt{g^2+g’^2}}2\]
| 記号 / Symbol | 意味 / Meaning | 単位・条件 / Units and conditions |
|---|---|---|
| mW、mZ | W・Zボソンの質量 / W and Z masses | ℏ=c=1でGeVなど。ここでは木のレベルの関係 |
| g、g′ | 電弱のゲージ結合 / Electroweak gauge couplings | 無次元 |
| v | 上で定義した真空の尺度 / Vacuum scale defined above | 約246 GeV |
例えば説明用にg=0.65、g′=0.35、v=246 GeVを使えば、mW=0.65×246÷2=79.95 GeVです。Zは√(0.65²+0.35²)≒0.738から、mZ≒90.8 GeVになります。丸めた結合定数を入れた概算であり、精密な観測値を予測する計算ではありません。
光子が質量を得ない理由
この過程では、三つの自由度がW⁺、W⁻、Zの縦偏光に対応し、一つがヒッグス粒子として残ります。光子まで同じように質量を得るのではありません。残る電磁気のゲージ対称性に対応して、光子は質量ゼロです。CERNの解説も、ヒッグス場によってWとZの質量を説明する仕組みを示しています。[1]
「粒子が場を食べる」という比喩は自由度の数え方を表すもので、物体の吸収ではありません。また、ゲージ対称性には同じ物理状態を複数の書き方で表す冗長性があります。大域対称性が異なる物理状態を結ぶ場合と、全く同じ意味で扱うと混乱します。
確かめられた仕組みと、研究中の仮説
超伝導や結晶では、何を見るのか
物質の相転移でも、対称性と状態を分ける見方が役立ちます。例えば結晶では、連続的な空間の移動に対して同じだった状態が、規則的な格子を持つ状態に変わります。ただし、液体からどんな固体になるかは、相互作用、圧力、温度などにも依存します。対称性だけから製造条件を一意に決めることはできません。
通常の超伝導を説明する理論では、クーパー対と、それらの位相のそろい方が重要です。超伝導状態は抵抗ゼロや磁場を内部から排除するマイスナー効果と結び付きますが、単に「何かの対称性が破れた」と言うだけでは、これらをすべて導いたことにはなりません。どんな粒子が対を作るか、電磁場とどう結合するかも必要です。[4]
宇宙の初期や、暗黒物質との関係は仮説を含む
宇宙初期のインフレーションや相転移を扱う模型には、対称性の破れを利用するものがあります。しかし、宇宙が膨張を始めた原因が自発的対称性の破れだと確定したわけではありません。ヒッグス粒子の発見を、そのまま特定のインフレーション模型の実証へ広げることもできません。
暗黒物質の候補であるQCDアクシオンも、仮説上の粒子です。代表的な理論では、追加された大域的なPeccei–Quinn対称性が自発的に破れることと関係します。「強い相互作用のゲージ対称性そのものが破れるから生じる」という説明は適切ではありません。QCDの効果によって小さな質量を得る仕組みも含め、複数の段階を区別します。PDGのレビューは、こうした理論と探索の制限を整理しています。[3]
ニュートリノの質量についても、シーソー機構などの理論的な候補があります。ただし、ニュートリノに質量があることと、その起源を特定の模型で説明できたことは別です。「質量が小さいからシーソー機構が実証された」とは言えません。どの新しい場や対称性を仮定するかを示して、検証可能な予測と照合する必要があります。[5]
よくある疑問
対称性が破れると、保存則もすべてなくなる?
そうではありません。何の対称性を扱っているかによります。自発的な破れでは、法則の対称性と、ある状態の対称性が違います。物理的な保存則や残る対称性は、理論の条件に沿って調べる必要があります。
ヒッグス場があるから、あらゆる物体の質量を説明できる?
W・Zや電子などの質量を説明することと、身の回りの物体の質量をすべて同じ一式で説明することは違います。陽子や中性子の質量には、その内部の強い相互作用のエネルギーが大きく関わります。また、暗黒物質の正体やニュートリノ質量の起源は、この説明だけで決まりません。[1][3][5]
まとめ
自発的対称性の破れを理解する出発点は、「法則が対称か」と「選んだ状態が対称か」を分けることです。二重井戸の模型では、同じ低さの二つの谷底の一つを選ぶことで、この違いを計算できます。
離散対称性の二つの谷、連続的な大域対称性の円周状の谷底、ゲージ場と結び付くヒッグス機構は、条件が異なります。どの量を変換し、どの自由度が残るかを追えば、「対称性の破れ」という一言で別々の現象を混同せずに読めます。
出典・関連記事
- [1] CERN:What’s so special about the Higgs boson?。法則と状態の対称性、W・Zの質量、2012年の発見を扱う公式解説。
- [2] Goldstone, Salam & Weinberg(1962), Broken Symmetries, Physical Review 127, 965。公開要旨を確認。定理の全証明を独立に再検証したという意味ではありません。
- [3] Particle Data Group:Axions and Other Similar Particles(2025年版、PDF)。冒頭と理論節のPeccei–Quinn対称性・QCD効果を参照。
物質・質量の参考資料
- [4] Bardeen, Cooper & Schrieffer(1957), Theory of Superconductivity, Physical Review 108, 1175。超伝導のBCS理論。公開要旨を参照。
- [5] Fermilab:How much does a neutrino weigh?。ニュートリノ質量と未検証のシーソー機構の区別。
- [6] David Tong, The Standard Model, 第2章 Broken Symmetriesと第5章 Electroweak Interactions(PDF)。離散・連続対称性、有限系の注意点、W・Zの質量式を確認。
関連記事
- 基礎から読む:場の量子論とは?/観測と候補を分けて読む:ダークマターの正体は判明した?
資料確認日:2026年10月28日。二重井戸と質量の数値例は、本記事で仮定した条件による計算です。

