たった1個の細胞が、ほかの微生物と手を取り合うように暮らしていました。細胞の中には核が見当たらないのに、外側には長い枝状の突起が広がっています。この意外な姿を見せたのが、ヘイムダルアーキアという微生物です。
2026年10月29日、海洋研究開発機構(JAMSTEC)などは、この仲間の2株を初めて分離・培養したと発表しました。論文は英国時間10月28日付でNatureに掲載されています。ポイントは、細胞の構造だけでなく、相手と一緒に生きる仕組みまで実験で調べられたことです。
ただし、人の祖先をそのまま発見したわけではありません。今回の記事では、培養の何が難しかったのか、突起と共生にどんな関係があるのか、そして実験で言える範囲を分けて見ていきます。
ヘイムダルアーキアとはどんな生き物?
アーキアは「古細菌」とも呼ばれる微生物の大きな系統です。名前に細菌と付きますが、通常の細菌とは区別されます。どちらも、DNAを核膜で包んだ核を持たない点では似ています。一方、遺伝情報を扱う仕組みなどには違いがあります。
これに対して、動物、植物、菌類などは真核生物です。こちらは、核などの構造を細胞の内側に持っています。つまり、単に体が大きいか小さいかではなく、細胞の組み立て方が重要な違いなのです。
ヘイムダルアーキアは、プロメテアーカエオータ門に属します。この門は、以前アスガルドアーキアと呼ばれていました。遺伝情報の比較から、真核生物と非常に近い関係にあるとして注目されています。
しかし、遺伝子の並びを読むだけでは、実際の生活までは分かりません。例えば、ある装置に関係する遺伝子があっても、その装置が細胞の中で同じように働くとは限りません。そこで必要だったのが、生きた細胞を増やし、観察と実験を組み合わせることでした。
約3年の培養は「一人にする」作業ではなかった
出発点は、千葉県房総半島のガス生産井戸にできたバイオフィルムです。これは、微生物が集まってできる膜状の集まりを指します。研究チームは、深部地下水が関係するこの環境から目的の微生物を探しました。

試料には、さまざまな微生物が混ざっています。そのため、栄養源や培養条件を少しずつ変え、目的の仲間が育つ条件を探す必要がありました。最初の試料採取から、HC1株の分離に至るまで約3年を要しています。
ここで面白いのは、「分離」が単独生活を意味しないことです。HC1株は、メタンを作るアーキア1株との2者共培養として得られました。一方、SC1株は、メタンを作る2株を伴う3者の培養系です。両者を同じ2者共培養と説明すると、実験の違いが消えてしまいます。
例えば、植物を育てるときにも、水だけでなく光や温度の条件を整えます。微生物では、それに加えて「誰と一緒に育つか」が大切な場合があります。研究者が相手まで取り除けば、目的の微生物も育たなくなるかもしれません。したがって、共生相手を残すことは、不純物を取り損ねたという意味ではないのです。

小さな本体と、外へ伸びる大きな構造
培養された2株は、どちらもおおむね球形でした。平均的な直径は、HC1株が約1.3µm、SC1株が約0.9µmです。µmはマイクロメートルという長さの単位で、1mmの1000分の1に当たります。
ところが、細胞本体の外側には長い膜突起が伸びています。枝分かれした突起や、膜に包まれた小さな粒である膜小胞も観察されました。また、突起を介して共生相手に接触する様子も見られています。

一方、細胞の内側には、核のように膜で囲まれた持続的な小器官は確認されませんでした。ただし、「中は単純」とは、中身が空っぽという意味ではありません。細胞を支える繊維のような構造などは見つかっています。膜で区切られた部屋があるかどうかと、内部に何もないかどうかは、別の問題です。
この違いは、部屋を仕切らずに使う作業場と、壁で区切った作業場を比べると理解しやすくなります。どちらにも道具はありますが、配置の仕組みが違います。ただし、この例えは構造の違いを考えるためのもので、細胞の働きを建物と同一視するものではありません。
1.3µmの大きさを、単位換算で確かめる
µmは見慣れない単位なので、mmに直してみましょう。換算すると、1.3 × 0.001mm = 0.0013mmとなります。同様に、0.9µmは0.0009mmです。数字の印象ではなく、まず単位をそろえると小ささがつかめます。
| 記号・量 / Symbol | 意味 / Meaning | 単位・条件 / Unit |
|---|---|---|
| µm | マイクロメートル / micrometre | 1µm = 0.001mm |
| mm | ミリメートル / millimetre | 1mm = 1000µm |
| 1.3µm、0.9µm | 各株の平均的な細胞直径 / mean cell diameter | HC1、SC1の順。個々の細胞には幅がある |
なお、この数字は細胞本体の直径です。突起を含む広がり全体と混同しないことが大切です。丸い本体だけを見ていると、細胞が周囲と関わる範囲を小さく見積もってしまいます。
相手が消費することで成り立つ栄養共生
2株は、タンパク質に由来する栄養を利用して生きています。その代謝では、水素やギ酸などが生じます。そして、共生相手のメタン生成アーキアが、それらを利用します。このように、代謝を通して支え合う関係を栄養共生と呼びます。
ポイントは、単に余り物を渡すだけではないことです。化学反応は、材料を入れれば常に同じ勢いで進むとは限りません。生成物が周囲にたまると、反応の進みやすさが変わる場合があります。そこで、別の生物が生成物を使うことが、作る側の代謝にも関係してきます。
ただし、微生物が相談して仕事を分担しているわけではありません。それぞれの代謝がつながり、両者が生きられる条件ができるということです。「協力」という身近な言葉は便利ですが、意思を持って助け合う様子を想像しすぎないようにしましょう。
また、外側の突起で接触していたことは興味深い観察です。しかし、それだけで、物質がすべて突起の中を通って相手へ運ばれたとまでは言えません。接触を見たことと、物質の通り道を特定したことは区別する必要があります。
酸素が苦手でも、相手がいれば育てる?
もう1つの注目点は酸素です。今回の2株は、基本的に酸素を利用しない嫌気性のアーキアでした。そのうちHC1株については、酸素への応答を培養実験などで詳しく調べています。
HC1株には、酸素に関係する酵素の遺伝子がありました。そこで、「酸素を利用して呼吸できるのでは」と考えたくなります。しかし、遺伝子があることと、酸素呼吸で増殖できることは同じではありません。
実際、メタン生成アーキアとの共培養だけでは、微量の酸素が残る条件でHC1株は育ちませんでした。一方、酸素を消費する細菌が加わると、その条件でも増殖が見られました。細菌が酸素を減らし、HC1株の生育を支えたと解釈されています。
つまり、これは「HC1株が酸素を好む生物になった」という結果ではありません。酸素を取り除く働きと、酸素からエネルギーを得る働きを分けて考える必要があります。また、HC1株で詳しく調べた結果を、SC1株にもそのまま当てはめることはできません。
| 見る点 / Question | 実験・観察から言えること / Finding | 飛躍しやすい解釈 / Caution |
|---|---|---|
| 細胞の内側 / Inside | 持続的な膜小器官は確認されない | 内部が空っぽという意味ではない |
| 細胞の外側 / Outside | 膜突起と相手への付着が見られる | 物質移動の全経路を特定したわけではない |
| HC1と酸素 / Oxygen | 好気性細菌との共存で微量酸素下の増殖が可能 | HC1の酸素呼吸が確認されたわけではない |
| 培養 / Culture | 相手を伴う2者または3者の培養系 | 単独で育つという意味ではない |
ヘイムダルアーキアの研究で、何が前進した?
この研究によって、遺伝情報から推測する段階に、生きた細胞の実験が加わりました。構造を観察し、栄養や酸素の条件を変え、結果を比較できます。姿を1枚撮るだけでなく、「どうすれば生きられるか」を問えるのが培養の強みです。
一方、現代の微生物は、遠い過去をそのまま保存した標本ではありません。今生きている近縁な生物を調べ、過去の細胞の性質について仮説を検証していく研究です。したがって、「人類の直接の祖先を培養した」という説明は適切ではありません。
外側での共生が先にあり、その後に細胞内部の複雑さが発達したという見方は、今回の結果と整合します。ただし、1つの結果で過去の出来事の順番がすべて確定するわけではありません。別の系統の培養や、突起を作る仕組みの解明も必要です。
読者としては、観察された事実、その事実を説明する解釈、まだ試す必要のある仮説の3つに分けると、研究の面白さを保ちながら理解できます。今回なら、突起への付着は観察、共生を支える役割は解釈、遠い過去の細胞の姿は検証中の仮説に当たります。
よくある疑問
ヘイムダルアーキアは細菌なの?
通常の細菌とは別の系統です。「古細菌」という日本語名があるため紛らわしいのですが、アーキアと細菌は区別して説明します。核を持たないという共通点だけで、同じ仲間とは言えません。
細胞の突起が、そのままミトコンドリアになったの?
そういう結果ではありません。突起は細胞の外側の構造です。一方、ミトコンドリアの起源をめぐる説明では、別の細菌との細胞内共生が問題になります。今回の培養で、その取り込み全体を再現したわけではありません。
どうして2株を比べるの?
1株だけだと、その株に固有の特徴か、仲間に共通する特徴かを見分けにくいからです。比較は一般化の手掛かりになります。ただし、2株だけでグループ全体のあらゆる性質が分かるわけではありません。
まとめ
ヘイムダルアーキアの初培養は、小さな細胞が周囲との関係を通して生きる姿を調べる成果でした。2株の内側に持続的な膜小器官は確認されず、外側には突起や膜小胞が見られました。また、培養にはメタン生成アーキアが伴い、HC1株では酸素を消費する細菌との関係も調べられています。
大切なのは、共生相手がいることを、実験の不完全さと捉えないことです。むしろ、相手を含めて環境を整えることで、これまで見えなかった生き方を調べられます。「細胞1個」を理解するために、「細胞同士の関係」を見る必要がある。その点が、この研究の面白さです。
出典・関連記事
- JAMSTECの研究発表(2026年10月29日)
- Imachiほか:Nature原著論文、DOI:10.1038/s41586-026-11170-7
- 京都大学による研究紹介(2026年10月29日)
- 関連記事:細胞の「利き手」が大きな渦に?
原著論文は検索経由で取得できた要旨・本文箇所を照合しました。全文および補足資料を通読したものではありません。本文の3画像とアイキャッチはAI生成の説明用イメージです。実際の観察像は上記の一次資料をご覧ください。



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