花から花へ飛び回るハチ。そんな小さな昆虫が、木のボールに乗り、ころころと転がしていたら、何をしていると思うでしょうか。
食べ物を探している。邪魔な物を片付けている。あるいは、ただ偶然ぶつかっただけ。どれもありそうな説明です。ところが、それだけでは説明しにくい行動を、マルハナバチで確かめた研究があります。
2022年に学術誌『Animal Behaviour』で発表された研究では、ハチが食べ物のご褒美なしに木球を繰り返し転がし、その行動が動物の「遊び」の基準を満たすと報告されました。[1]
ただし、「人間と同じように楽しいと感じている」と証明したわけではありません。面白いのは、かわいらしい見た目だけで判断せず、ほかの説明を一つずつ検討したところです。小さなボールから、昆虫の行動を調べる科学の工夫をのぞいてみましょう。
※この記事は2022年の研究を紹介する科学雑学です。2026年に発表された新研究や新種のニュースではありません。
マルハナバチのボール遊びは、どんな実験?
研究対象はセイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)。ふわっとした体毛を持つ、マルハナバチの仲間です。ミツバチを対象にした実験ではありません。
研究チームは巣と実験スペースをトンネルでつなぎ、奥に砂糖水や花粉を置きました。途中には何もない通路があり、その左右に木球のある区画を設けています。一方の区画の球は動かせますが、もう一方の球は固定されていました。[1]
ここが実験の大事な仕掛けです。ハチはボールを動かさなくても、そのまま通路を歩いて食べ物へ行けます。ボールを転がすことは、食事のために通らなければならない試験ではありませんでした。
それでも、通路から脇へ寄り、動く球に触れて転がすハチが見られました。最初の実験では45匹を観察し、個体ごとの球転がしは実験期間を通じて1〜117回でした。[1][2]
この117回は「1分間に117回」でも「すべてのハチが117回」でもありません。期間全体で数えた個体別の回数の最大値です。派手な数字ほど、何を数えたのかと一緒に読む必要があります。

「遊んでいる」と、どうやって見分ける?
人間なら「今、遊んでいるの?」と尋ねられます。しかしハチから言葉の返事はもらえません。そこで研究者は、外から観察できる行動の特徴を使います。
この研究で検討されたのは、動物の遊びを調べるための五つの基準でした。専門的な表現を、この記事では次のように整理できます。[1]
| 遊びを見分ける観点 | この実験で注目すること |
|---|---|
| すぐ役立つ目的がない | 球を動かしても食べ物が増えるわけではない |
| 自発的に行う | 命令や訓練で球転がしをさせていない |
| 実用行動と形が異なる | 採食や交尾などで説明できる動きか検討する |
| 繰り返すが、単なる定型反復ではない | たまたまの接触や決まり切った動作と区別する |
| 強いストレスに追われて始めた行動ではない | 餌を与え、扱いによる負担を抑えた条件で観察する |
この表は「一つ当てはまったら遊び」という簡単な判定表ではありません。いくつもの条件が重なるかを見て、別の解釈より遊びという説明が適切かを考えます。
例えば、ボールを押すと砂糖水が出る装置なら、押す理由は食べ物かもしれません。出口が球でふさがれていれば、逃げるための行動かもしれません。たった一度転がっただけなら、歩いているうちに触れただけとも考えられます。
そのため、この研究では「球が動いた」という結果だけでなく、ハチが近づく向きや接触のしかた、転がしている時間も確認しました。論文では、球の上で接触を保ちながら回転させ、少なくとも0.4秒続くなどの条件を設けています。[1]
何を一回と数えるかを先に決める。かわいい場面を集めるだけの動画と、行動を比較する実験の違いは、こんなところにもあります。
食べ物探しや「お片付け」ではないの?
まず考えたいのは、ハチが球に食べ物を期待していた可能性です。しかし球転がしそのものに砂糖水の報酬はなく、食べ物は別の場所で得られました。研究者は、採食の探索や交尾などで説明できるかも行動から検討しています。[1]
もう一つは、道を空けるために球を動かした可能性です。通路に大きな障害物があれば、押しのけるのは自然でしょう。ところが実験では、球を避けて通れる通路を用意していました。
つまり「ボールを動かさないと困る」という事情を減らしたうえで、それでもわざわざ触りに行くかを見たわけです。人間の感覚でたとえるなら、廊下の端にあるおもちゃへ寄り道するような場面ですが、これは仕組みを説明するための比喩です。ハチが人間と同じつもりで寄り道したと分かったわけではありません。
また、最初に珍しい物を調べる「探索」と、繰り返して行う「遊び」は区別が難しい場合があります。研究は一瞬の反応だけでなく反復や年齢差も調べ、遊びという解釈を支えました。どんな実験でも未知の要因をすべて消せるわけではありませんが、少なくとも思いつきの説明をそのまま採用した研究ではないのです。

球がなくなっても、遊んだ場所の色を選ぶ
さらに興味深いのが、別の42匹を使った色の実験です。ハチには二つの色の部屋を経験させ、一方の色の部屋だけに動かせる木球を置きました。その後、球を取り除いた状態で、どちらの色の部屋を選ぶか調べました。[1][2]
すると、以前に球があった側の色を好む傾向が見られました。テストの時点では球そのものはありません。目の前のボールに引き寄せられただけ、という説明では足りなくなります。
この結果は、球との経験がその場所の色と結び付き、後の選択に影響したことを示します。研究者は、球転がし自体が報酬として働くという解釈を支持する証拠にしています。[1]
ただし、ここで使う「報酬」は必ずしも食べ物を意味しません。行動を繰り返したり、その経験に結び付く場所を選んだりする方向へ働くものを、行動研究では報酬として扱えます。
私たちが「楽しかった場所にまた行きたい」と思うこととの似た構図はあります。それでも、似ているのは実験で確かめた選択のパターンです。人間の思い出の楽しさまで、そのままハチに当てはめるのは一歩飛躍があります。
若いハチほど、よく転がした
研究では、年齢や性別による違いも調べられました。若いハチほど球転がしの回数が多く、雄は雌より一回の球転がしを長く行う傾向が報告されています。[1]
若い個体がよく遊ぶと聞くと、子犬や子猫を思い浮かべるかもしれません。ただし「若いから好奇心が強い」「雄は暇だから長く遊ぶ」といった理由まで、この結果だけで決まるわけではありません。
回数と、一回の長さも別の指標です。回数が多いことは、いつも長時間転がし続けることとは違います。個体差の大きい行動だからこそ、一つの数字を性格のラベルへ置き換えないことが大切です。
論文では、若い個体と年長の個体での違いが、単に球を初めて見たことによるものかを検討するための追加実験も行っています。面白い発見をした後に「別の理由でも同じ結果が出ないか」と確かめるところに、研究の読みどころがあります。[1]
「ハチにも楽しい気持ちがある」と言っていい?
ここは、分かったことと残された問いを分ける必要があります。
| この研究が示したこと | この研究だけでは断定できないこと |
|---|---|
| 対象のハチが報酬の食べ物なしに球を繰り返し転がした | ハチが人間と同じ感覚で楽しんだこと |
| 行動が研究で用いた遊びの基準を満たした | すべての昆虫が同じように遊ぶこと |
| 球と結び付いた色を選ぶ傾向があった | 一匹ごとの主観的な気持ちの内容 |
| 年齢や性別に関連する行動差があった | その差を生み出す原因のすべて |
昆虫の気持ちを研究するには、外から測れる行動と、内側で経験される感覚の間を慎重につなぐ必要があります。遊びらしい行動は重要な手がかりですが、それだけで主観的な感情を直接測定したことにはなりません。
だから「どうせ昆虫だから機械的に動いているだけ」と片付けるのも、「犬や人間とまったく同じ」と決めるのも早すぎます。観察されたことをそのまま受け止め、説明できる範囲を少しずつ広げていく。その姿勢が、この研究を面白くしています。

身近な昆虫を見る目が少し変わる
この話を知ると、道端の花に来るハチも少し違って見えるかもしれません。目的が分かりにくい動きを見たとき、「何をしているのかな」と立ち止まって考えるきっかけになるからです。
とはいえ、野外のハチを捕まえて球を与えても、研究の再現にはなりません。対象の種類も環境も違い、警戒や逃避の行動が混じります。観察するなら花のそばで距離を取り、触れたり追いかけたりせず、自然な動きを見守るだけで十分です。
例えば同じ花へ何度来るのか、花に止まっている時間はどのくらいか、花の種類が変わると動きも変わるか。先に問いを一つ決めるだけで、普段の景色が小さな観察の場になります。ただし、その場で見た動きをすぐ「遊び」と名付ける必要はありません。
よくある疑問
ミツバチもボール遊びをするの?
紹介した研究の対象はマルハナバチです。ミツバチや、ほかの昆虫も同じように遊ぶと、この結果から一括して言うことはできません。
ボールを動かす訓練を受けていたの?
2022年の研究で調べた自発的な球転がしと、球を動かすと食べ物がもらえるように訓練する別の課題は区別が必要です。今回の注目点は、球転がしの対価として食べ物を与えなくても行動が見られたことです。[1][2]
小さなボールなら何でも同じ?
実験では条件を整えた木球を使っています。素材、大きさ、環境を変えても同じ結果になるとは限りません。研究対象以外のハチにまで一般化しないのが正確です。
まとめ
マルハナバチは、食べ物を得るために必要ではない木球転がしを、繰り返し行いました。研究チームは別の説明を検討し、この行動が遊びの基準を満たすと報告しています。球があった場所の色を後から選ぶ実験も、球との経験そのものに価値があるという解釈を支えました。
一方で、人間と同じ「楽しい」という感覚まで証明されたわけではありません。小さな昆虫の行動には、まだ慎重に調べたい問いが残されています。
ころころ転がる小さな木球。それは、昆虫をどこまで理解できているのか、私たちに問い直させるおもちゃでもあるのかもしれません。
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出典
[1] Galpayage Dona, H. S. et al. (2022). Do bumble bees play? Animal Behaviour, 194, 239–251. 論文 DOI。オンライン公開2022年10月19日。CC BY 4.0。
[2] Queen Mary University of London (2022-10-27). First-ever study shows bumble bees ‘play’。



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