遠くの暗い星や銀河を詳しく見るには、わずかな光をできるだけ多く集める必要があります。そのため、チリでは直径約39mの鏡を持つ巨大望遠鏡「ELT(イーエルティー)」が建設されています。鏡で天体の光を反射させ、観測装置へ導く望遠鏡です。
ところが、この39mの鏡は一枚で作るのではありません。六角形に近い小さな鏡を798枚つなぎ、一つの大きな鏡として働かせます。これが「分割鏡」です。なぜわざわざ分けるのでしょうか。つなぎ目があるのに、星の光をきちんと集められるのでしょうか。
2026年10月14日、建設を進める欧州南天天文台(ESO)は、交換用を含む鏡の部品の半数以上がチリに届いたと発表しました。このニュースを手掛かりに、鏡を分けて作る理由と、798枚を合わせ続ける仕組みを見ていきます。「光をたくさん集める力」と「細かいものを見分ける力」の違いも、図と計算例で確かめます。

何が届いた?「半数」の分母を確かめる
今回届いているのは、主鏡M1を構成する鏡片とその支持構造です。到着先のELT技術施設は、完成した望遠鏡そのものではなく、鏡の検査、保管、反射膜の成膜などを行う施設です。ESOの発表では、到着数を「500枚近く」、総数931枚の50%超と説明しています。確定したぴったりの到着枚数は、この表現だけからは決められません。

| 数字 | 何を数えるか | 読み違えやすい点 |
|---|---|---|
| 798枚 | 望遠鏡に載せる主鏡の鏡片 | 今回到着した枚数ではない |
| 133枚 | 交換・再成膜のための追加分 | 主鏡の外径を広げるためではない |
| 931枚 | 798枚と追加133枚の合計 | 今回の「半数」の分母 |
| 約39m | 主鏡全体の直径 | 個々の鏡片の大きさではない |
したがって、搬入率と設置率、望遠鏡全体の完成率は別の指標です。鏡が届いても、検査、反射膜の形成、取り付け、位置合わせなどの工程が残ります。これは工事現場で資材が搬入されたことと、その部材を使う設備が稼働したことを区別するのに似ています。2026年10月14日の発表時点で、科学装置を使う最初の観測は2030年後半の予定とされています。予定は将来変更される可能性があります。
ELTの分割鏡を一枚にしない理由
巨大な光学鏡は、材料を大きくすれば完成するわけではありません。光を狙った場所へ集める曲面を作り、その形を研磨・測定し、支持した状態でも維持する必要があります。直径39mを一枚のガラスで実現しようとすると、製造設備、運搬、重さによる変形への対応が非常に難しくなります。分割方式は、その課題を扱える大きさの部品へ分ける方法です。
主鏡の鏡片は一枚あたり対角が約1.45mで、厚さは約5cmです。六角形に近い形は、広い面をすき間の少ない配置で埋めるのに適しています。ただし、平らな鏡を床タイルのように並べる構造ではありません。それぞれの光学面が、主鏡全体の必要な曲面の一部分を受け持ちます。
ここに製造と交換の工夫があります。主鏡は133枚からなる区画を六つ組み合わせ、同じ種類の鏡片が各区画に一枚ずつあります。一つの区画内では、133枚の形や光学的な仕様は同一ではありません。追加の133枚は各種類の交換用をそろえるためのもので、どの場所にも任意の一枚を入れられるという意味ではないのです。
材料には熱による寸法変化が小さいガラスセラミックスが使われます。それでも、望遠鏡を傾けたときの重力のかかり方、風、温度変化の影響が消えるわけではありません。分割すると作りやすく運びやすくなる一方で、部品同士を合わせ続ける制御が必要になります。利点と新しい難しさが対になった設計です。

798枚を「一枚の鏡」として働かせる
遠方の星から来る光を考えます。隣り合う鏡片の高さや傾きがずれると、それぞれの光が意図した状態で重ならず、星の像に余分な広がりや構造が生まれます。単に鏡面が肉眼でなめらかに見えるだけでは不十分です。重要なのは、光の波長に比べて十分小さい誤差で、全体の光学面を保つことです。
ELTでは鏡片の縁にあるセンサーで隣との相対位置を測り、各鏡片を支える三つの位置決め装置で高さや傾きを調整します。アクチュエーターとは、制御信号を受けて実際に物を動かす装置です。センサーが測定し、制御系がずれを判断し、装置が動かす。この循環が、大きな構造物と精密な光学系を結び付けています。
もう一つ区別したいのは、主鏡を整える制御と、大気の乱れを補正する「補償光学」です。地上へ届く光は、大気中の屈折率の変動によって波面が乱れます。ELTは別の鏡であるM4などを使い、この影響を補正します。主鏡の鏡片が正しく並んでいれば、大気の揺らぎも自動的になくなるというわけではありません。
また、分割鏡のすき間や中央の開口、支持構造は、光の回折による像の模様に影響します。継ぎ目が完全に存在しない鏡と同じではありません。設計では、集められる光の量と、星の像がどのように広がるかの両方を扱います。「大きな鏡だから、どんな対象も無条件に鮮明になる」と受け取らないことが大切です。
大きい鏡はどれだけ光を集める?
まず集光力だけを比較します。遮蔽物のない円形の鏡という簡単なモデルなら、面積は直径の二乗に比例します。同じ天体を同じ時間、同じ波長帯で観測し、光を検出する効率も等しいと仮定しましょう。39mと8mでは、直径の比を二乗して比較できます。
\[ A=\pi(D/2)^2,\qquad R_A=\frac{A_{39}}{A_8}=\left(\frac{39}{8}\right)^2=23.765625\approx23.8 \]
| 記号 | 意味 | 単位・条件 |
|---|---|---|
| A | 鏡の面積 | m²、遮蔽のない円と仮定 |
| D | 鏡の直径 | m |
| A₃₉、A₈ | 直径39m、8mのモデル面積 | m² |
| R_A | 面積の比 | 無次元、効率などを同条件に固定 |
| π | 円周率 | 無次元 |
円の面積として計算すると、39mは約1195m²、8mは約50.3m²です。しかし、ELTの公式の集光面積は978m²です。主鏡は直径39mの範囲を端から端まで埋めた円盤ではないため、外径だけから求める円面積と一致しません。中央の開口や実際の鏡片の配置などを無視した「23.8倍」を、そのまま装置の実性能と書くのは不正確です。
公式面積978m²を、遮蔽なしの8m円形鏡の面積50.3m²で割ると約19.5になります。これも比較用の概算で、実際の8m望遠鏡の遮蔽や反射率、検出器の効率を組み込んだ値ではありません。同じ直径でも、受光面積、光学系での損失、観測波長が違えば検出できる光子数は変わります。
解像度は面積ではなく直径と波長で考える
集光力は暗いものから光を集める力です。一方、解像度は近接する点を見分ける力です。理想的な円形開口について、回折が作る角度の尺度は次のレイリーの基準で見積もれます。これは明るさが等しい二つの点光源を分離する目安であり、あらゆる対象に共通する厳密な境界ではありません。
\[ \theta\approx1.22\frac{\lambda}{D} \]
| 記号 | 意味 | 単位・条件 |
|---|---|---|
| θ | 点光源を分離する角度の目安 | rad、小さいほど細かく見分ける |
| λ | 観測する光の波長 | m、比較時に一定 |
| D | 開口の直径 | m、理想的な円形開口 |
| 1.22 | 円形開口の回折から決まる係数 | 無次元 |
波長を500nm、すなわち5.00×10⁻⁷mとします。直径39mなら、1.22×5.00×10⁻⁷÷39=1.56×10⁻⁸radです。1radを約206265秒角として換算すると、約0.00323秒角、つまり3.23ミリ秒角になります。同じ波長で8mなら約0.0157秒角です。角度の比は39÷8=4.875なので、直径の効果は約4.9倍です。
ここで、集光の面積比約23.8と、解像度の直径比約4.9を混同しないでください。さらに、この3.23ミリ秒角はELTの実測性能ではなく、外径39mを理想円へ置き換えた計算例です。実機の分割開口、大気補正の残り、装置、波長帯を含めた性能保証ではありません。波長を長くすれば、同じ鏡でもこの回折角は大きくなります。
133枚の追加分が観測を支える
鏡は一度完成すれば、そのまま永久に使えるわけではありません。反射膜の状態を維持するため、運用中も鏡片を取り外し、膜を新しくする工程が続きます。ESOは一日に二枚を交換する運用を説明しています。追加の鏡片があれば、取り外した場所へ対応する種類の鏡片を入れ、作業中の穴を残さずに済みます。
単純に798枚を一日二枚で割ると399日です。ただし、これは「毎日必ず二枚を交換し続ける」という算数上の一巡日数です。実際の計画には保守日、検査、工程の余裕、各鏡片の状態が関わるため、公式の再成膜周期をこの割り算だけで決めてはいけません。追加分の枚数も、一巡の日数ではなく鏡片の種類との対応から理解できます。
今回の搬入は、製造した鏡を運ぶだけでなく、観測開始後も続く整備の仕組みを準備する出来事です。大型望遠鏡の性能は、最大口径の数字だけでなく、位置を合わせ続ける制御と、反射面を維持する日々の運用にも支えられています。
よくある疑問
鏡片が半分届けば半分の性能で観測できる?
今回の発表からは判断できません。技術施設へ届いた段階と、望遠鏡へ設置・調整した段階は別です。到着数がそのまま観測能力を表すわけではなく、どの配置で光を受けるかも星の像へ影響します。
大きい望遠鏡なら必ず宇宙望遠鏡より優れる?
観測したい波長や対象によります。地上には大気の影響があり、宇宙からの観測とは条件が異なります。口径の比較だけで全ての観測の優劣を決めることはできません。
ELTは光学・赤外線を扱う望遠鏡です。別の波長を重ねる意味は、Xyphaの銀河団の衝突を電波とX線で読む記事でも説明しています。同じ宇宙でも、何の光を受け取るかで調べられる物理が変わります。
出典・確認した資料
- ESO:2026年10月14日の搬入発表。到着数、931枚の内訳、交換運用、観測開始予定。発表文の情報をESOに帰属して要約しました。
- ESO:主鏡M1の公式解説。鏡片の寸法、133種類と六区画、支持・位置制御の仕組み。
- ESO:ELTの主要諸元。集光面積978m²。
- ESO:補償光学。大気の波面の乱れと補正の役割。
- OpenStax:円形開口と解像度。レイリーの基準と適用条件。本文の数値例はXyphaがこの式から計算した比較で、ELTの試験結果ではありません。



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