深海でも分解が進む生分解性プラスチックは、どう作れるのでしょうか。買い物袋や包装に使われる素材は、丈夫で長持ちするほど便利です。しかし、海に流出した後もその丈夫さが残ると、回収しにくいごみになります。「使う間は丈夫、流出後は分解」という両立が、材料開発の難しい問いです。
東京大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、群馬大学の研究グループが2026年10月22日に発表したのは、分解を助ける酵素を素材の中に入れる方法です。水深757メートルで、一部の薄いフィルムが5カ月以内にほぼ分解したと報告されました。ただし、あらゆるプラスチックが海で消えるという結果ではありません。何を測り、どこまで分かったのかを、仕組みと簡単な計算から読み解きます。
画像について:サムネイルと本文の概念画像3枚はAI生成です。実際の試験片や調査現場の写真ではありません。仕組みの図はXyphaが作成した模式図です。
深海でも分解が進むプラスチック、その工夫は「中に酵素」
今回の材料は「酵素内包生分解性プラスチック」と呼ばれます。内包とは、中に包み込むこと。酵素は、特定の化学反応を進みやすくするタンパク質です。研究ではクチナーゼとリパーゼという分解酵素を、生分解性ポリエステルに混ぜ込みました。
ポリエステルは、長くつながる分子の鎖にエステル結合を持つ材料です。その結合を水を使って切る反応が加水分解です。長い鎖を短くすると、水に移りやすい小さな分子が生まれます。酵素はこの切断を助けますが、何にでも効く万能なはさみではありません。材料の化学構造と、酵素の働く相手が合う必要があります。

今回の対象は、PBS、PBSA、PCL、PBATという4種類のポリエステルです。ペットボトルのPETや、一般的なポリエチレン製袋を同じ条件で分解した試験ではありません。「プラスチック」という大きな呼び名だけで対象を広げると、研究の意味を取り違えてしまいます。
発想の違いは、環境中に分解する働き手が来るのを待つだけでなく、その反応を助ける道具を材料に持たせることです。深海には多様な微生物がいますが、どの場所にも、どの材料でも速く分解する微生物がそろっているとは限りません。酵素の内包は、この環境への依存を減らすための工夫と捉えられます。
「生分解性」でも、どこでも同じ速さではない
生分解性とは、微生物の働きなどを通じて材料が分解されていく性質です。表示があれば、海でも土でも短時間でなくなる、という意味にはなりません。工業的な堆肥化施設と深海では、温度、水分、酸素、微生物の種類が違います。同じ材料でも、置かれた条件が反応の進み方を変えます。
例えば、食品を冷蔵すると変化が遅くなるように、温度は多くの化学反応や生物の活動に関わります。ただし、この例だけで深海の分解速度を計算することはできません。酵素の種類や材料の結晶状態、表面にできる微生物の膜なども関係するためです。「冷たいから何倍遅い」と一つの係数にまとめるのは慎重であるべきです。
研究の新しさは、実験室の容器だけでなく、実際の沿岸と深海に試料を設置して調べた点にあります。論文は2026年10月21日付のNatureオンライン版に掲載され、日本時間では10月22日午前0時に当たります。論文の公開日と国内の発表日が一日ずれて見えるのは、時差によるものです。
757メートルと5503メートルを、一緒にしない
研究グループは、沿岸の水深2〜6メートルと、水深757〜5503メートルの複数の深海域で比較しました。三崎沖の水深757メートルでは、酵素入りのPBS、PBSA、PCLのフィルムが、5カ月でほぼ分解したと大学の発表は説明しています。より深い5503メートルでも分解は観測されましたが、同じ期間で同じ程度に進んだという結果ではありません。

さらに論文本文では、沿岸試験の酵素量を主に0.1質量%、深海試験では3質量%としています。深海でも、沿岸と同じごく微量の添加だけで同じ結果が出た、と読むのは不正確です。質量%は、材料全体の重さのうち、その成分がどれだけを占めるかを表します。
| 比較項目 / Item | 沿岸 / Coastal | 深海 / Deep sea |
|---|---|---|
| 設置水深 / Depth | 2〜6 m | 757〜5503 m |
| 論文記載の基本的な酵素添加量 / Typical enzyme loading | 0.1質量% | 3質量% |
| 結果の読み方 / Interpretation | 温度や材料ごとの条件を確認 | 757 mの結果を全水深に一般化しない |
添加量を感覚的に比べるため、完成材料を100グラムとする計算例を考えます。0.1%なら酵素は100×0.001=0.1グラム、3%なら100×0.03=3グラムです。比は3÷0.1=30倍。これは配合割合の比較であり、分解速度が必ず30倍になるという意味ではありません。添加量、反応速度、到達した分解率は、それぞれ別の量です。
分解開始のスイッチは、水との接触
便利な材料が、棚に置いている間に崩れては困ります。今回の工夫では、乾燥した材料の内部にある酵素は、水と十分に接触しない間は反応しにくくなっています。表面の摩耗や破損によって水が内部に届くと、分解が始まるきっかけになります。発表でいう「スイッチ」は、電気部品や遠隔操作のことではありません。

この設計は、材料の丈夫さと分解しやすさが、単純な二者択一ではないことを示します。使う時と捨てた後で、材料の周囲の条件が変わる。その違いを利用するわけです。ただし、「使用中は絶対に分解しない」と、すべての製品や使い方に保証されたわけではありません。湿気のある保管場所、繰り返しの洗浄、細かな傷などを含めた耐久性は、製品として確かめる必要があります。

また、研究では酵素を混ぜても元の材料に近い強度や柔軟性が保たれました。とはいえ、フィルムの引張試験がよい結果でも、あらゆる包装材、繊維、厚い成形品にそのまま使えるとは限りません。用途ごとに必要な性能が異なり、水に触れる頻度も違うためです。使い勝手を確認する段階と、環境中での分解を確認する段階の両方が必要です。
薄い試験片と厚い製品は、なぜ同じに扱えない?
表面から起こる変化を考える時には、体積に対して表面がどれだけあるかが手掛かりになります。ここでは研究データの再現ではなく、形の違いを理解する計算モデルとして、一辺4センチ、厚さ0.01センチの平らな板を考えます。厚さ0.01センチは100マイクロメートルです。
一辺をa、厚さをtとすると、体積V=a²t、端面も含む表面積A=2a²+4atです。代入すると、V=4²×0.01=0.16 cm³、A=2×4²+4×4×0.01=32.16 cm²。表面積と体積の比はA/V=32.16÷0.16=201 cm⁻¹になります。
| 記号 / Symbol | 意味 / Meaning | 単位・条件 / Unit or condition |
|---|---|---|
| a | 正方形の一辺 / Side length | cm、例では4 |
| t | 板の厚さ / Thickness | cm、例では0.01 |
| V | 体積 / Volume | cm³ |
| A | 端面を含む表面積 / Surface area | cm² |
| A/V | 体積当たりの表面積 / Surface-to-volume ratio | cm⁻¹、平滑な板のモデル |
一辺を変えずに厚さだけ10倍の0.1センチにすると、V=1.6 cm³、A=33.6 cm²、A/V=21 cm⁻¹です。表面積自体は少し増えても、体積当たりでは約9.6分の1になります。同じ重さ当たりに水と接する場所が少なくなるため、薄いフィルムの結果を厚い容器へ直接移せないことが分かります。
この比だけから「分解に9.6倍の時間がかかる」と予測することもできません。水が内部へ広がる速さ、酵素の配置、傷、材料の構造が変化するからです。計算の役割は分解日数を当てることではなく、寸法の条件を読み落とさないことにあります。細菌の接着と材料表面を扱った関連記事も、表面で起こる現象を考える入り口になります。
「なくなった」と「すべて無害になった」は別の確認
試験片の重さが減ることは、大切な観測です。しかし、重さの減少だけで、材料の炭素がすべて二酸化炭素になったと証明できるわけではありません。細片が離れた場合と、小さな分子へ化学的に切断された場合を区別するには、別の分析も必要です。
論文では、低分子の分解生成物を化学分析で調べ、沿岸の海水を使う酸素消費の実験からも生分解を裏付けています。この酸素消費は、微生物が有機物を代謝する働きを評価する手掛かりです。ただし、沿岸の海水で行った測定を、深海で全試料が完全に無機化した直接証拠へ置き換えることはできません。
評価したい問いを整理すると、「どれだけ形が残ったか」「分子は短くなったか」「微生物に利用されたか」「残った成分や添加剤は生物に影響しないか」と続きます。一つの試験にすべてを答えさせないことが、研究を正しく読む近道です。特に安全性は、分解速度の速さとは別に確かめる必要があります。
海に捨ててよい材料ができた、という意味ではない
NEDOの発表は、今後の課題に長期耐久性、安全性、コスト、製造規模の拡大を挙げています。酵素を均一に混ぜる工程を大きくしても性能を保てるか、保管中に変化しないかなど、研究用の試料と実際の商品との間には確認する事項があります。
この技術に期待されるのは、流出を減らす対策に加えて、万一流出した材料が長く残るリスクを小さくすることです。回収や分別が不要になるわけではありません。生分解性という表示を見る時も、対象環境と試験条件が示されているかを確かめると、材料の得意な範囲が見えてきます。
まとめ
深海でも分解が進むプラスチックの工夫は、対象のポリエステルの中に分解酵素を入れ、水との接触を反応のきっかけにすることです。実際の海での試験は有望ですが、757メートルの薄い試験片の結果を、すべての海域、材料、厚さへ広げることはできません。添加量、形、設置環境、測った指標を合わせて読むと、「分解しやすい」という言葉の中身を具体的に理解できます。
出典・関連記事
- Huang, Q.ほか「Enzyme-embedded polyesters for accelerated biodegradation in the deep sea」Nature、2026年10月21日オンライン公開。査読済み原著論文。
- 東京大学大学院農学生命科学研究科の発表、2026年10月22日。
- JAMSTECの共同発表、2026年10月22日。
- NEDOの発表と今後の検証課題、2026年10月22日。
- 関連記事:細菌の接着はなぜほどける?弱酸性に応答する分子の仕組み



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