はじめに:身近な生き物に隠されていた奇跡
2025年12月、日本の研究チームが世界を驚かせる発見を発表しました。私たちの身近にいるニホンアマガエルの腸内細菌が、マウスのがん組織をたった1回の投与で完全に消失させたというのです。この発見は、単なる実験室での成功例ではありません。現在の標準的ながん治療法を大きく上回る効果を示し、しかも副作用が少ないという、まさに革命的な治療法となる可能性を秘めています。
本記事では、北陸先端科学技術大学院大学の研究チームによる、この驚異的な発見について詳しく解説していきます。(本記事は、大学レベルの教科書および公的機関の公開資料を参考に構成しています。)
研究の背景:なぜカエルに注目したのか

両生類・爬虫類のがん耐性という謎
野生の両生類で自然発生腫瘍の報告が比較的少ないことが繰り返し示されており、その理由について専門家の間でも長年の疑問となっていました。カエルやトカゲががんになったという話を日常であまり耳にしないのは、単に観察の機会が少ないからではなく、実際に彼らががんになりにくい体質を持っている可能性があるのです。
研究チームはこの謎に着目しました。近年の研究で、腸内細菌が免疫の働きや腫瘍の進行に大きく影響することが明らかになってきています。過酷な環境でも生き抜く両生類や爬虫類の腸内細菌叢に、体を守る秘密が隠されているのではないかという仮説を立てたのです。
細菌療法の歴史的背景
実は、細菌を用いたがん治療のアイデアは今に始まったものではありません。がん免疫療法の始まりは1891年に米国の外科医William B.Coley氏が細菌を用いて悪性腫瘍を縮小させたこととされています。
ウイリアム・コーリー博士は、細菌感染したがん患者において、その腫瘍が退縮・消滅する現象を発見し、細菌感染によって活性化された免疫系が、がん細胞を有効に攻撃しているとの仮説を立て、「コーリーの毒素」と呼ばれる細菌系ワクチンを開発しました。
しかし、当時は免疫の仕組みが解明されておらず、また放射線治療の発展により、この治療法は忘れ去られていました。それから約130年後、日本の研究チームが全く新しいアプローチで細菌療法を復活させたのです。
研究の詳細:何が行われたのか
45種類の細菌から最強の一つを発見
研究チームは、ニホンアマガエル、アカハライモリ、カナヘビの3種類の生き物を採取し、その腸内から合計45株の細菌を単離して調査しました。
この地道なスクリーニング作業の結果、9株が抗腫瘍効果を示し、中でも、ニホンアマガエルの腸内から見つかった「Ewingella americana(ユーインゲラ・アメリカーナ)」という細菌が、抜きん出て強力な作用を持つことを突き止めたのです。
驚異的な治療効果:100%の完全奏効率
実験の結果は、研究者たちの予想をはるかに超えるものでした。
マウスを用いた大腸がんモデルにおいてE. americanaをたった一回静脈投与するだけで、腫瘍が完全に消失し、100%の完全奏効率を達成しました。
これがどれほど画期的かというと、現在標準治療として使われている免疫チェックポイント阻害薬やリポソーム化ドキソルビシン(化学療法剤)を大きく上回る治療効果なのです。
さらに驚くべきことに、治癒したマウスに再び同じがん細胞を移植しても、腫瘍が成長しなかったのです。これは体内にがんへの「免疫記憶」ができた可能性を示しています。
Ewingella americanaの驚異のメカニズム
この細菌がなぜこれほどまでに強力な抗がん効果を持つのか、その秘密は二つの作用メカニズムにあります。
メカニズム1:がん組織への選択的集積
Ewingella americanaは「通性嫌気性」で、酸素がある場所でも生きられるが、酸素が少ない場所のほうが元気に活動できる性質を持っています。
がん組織、特に固形がんの内部は、急速に増殖する細胞が酸素を消費するため、酸欠状態になっています。多くの抗がん剤にとって、こうした低酸素環境は攻め落とすのが難しい要塞のようなものですが、酸素が少ない場所を好むこの細菌にとっては、そこが絶好のすみかとなります。
実際の実験では、E.americanaをマウスに静脈注射したところ、肝臓や肺といった酸素が豊富な健康な臓器からは24時間以内にいなくなり、その一方で、酸素が欠乏している腫瘍の内部では、細菌の数が約3000倍にも膨れ上がったのです。
メカニズム2:二重の攻撃システム
この細菌の本当の強さは、二つの異なる攻撃方法を同時に使用することにあります。
1. 直接的な細胞破壊
通性嫌気性細菌であるE. americanaは、低酸素状態のがん組織に選択的に集積し、がん細胞を直接破壊します。腫瘍内で急速に増殖した細菌は、がん細胞を物理的に破壊していきます。
2. 免疫システムの活性化
免疫システムへの働きかけが第二の武器です。通常、腫瘍は免疫細胞から身を隠す仕組みを持っていますが、この細菌が腫瘍内で活動することで、免疫システムに異常を知らせる警報の役割を果たします。
その結果、本来備わっているT細胞、B細胞、好中球などの免疫細胞が腫瘍の正体を認識し、一斉に攻撃を開始するようになります。この直接攻撃と免疫の活性化という二段構えが、高い治療効果を生み出す要因となっています。
がん組織だけを狙い撃ちする精密性
E. americanaは、がん組織に選択的に集積し、正常組織には全く定着しません。この驚くべき腫瘍特異性は、以下の複合的メカニズムによるものと考えられています。
- 低酸素環境:がん組織特有の低酸素状態が嫌気性細菌の増殖を促進
- 免疫抑制環境:がん細胞が発現するCD47タンパク質により局所的免疫抑制が生じ、細菌が生存しやすい環境を形成
- 異常血管構造:がん組織の血管は穴が多く、細菌が容易に侵入できる
- 代謝異常:がん特有の代謝産物が細菌の選択的増殖を支援
安全性プロファイル:正常組織への影響は?
どんなに効果的な治療法でも、副作用が強ければ実用化は困難です。しかし、この細菌は安全性の面でも優れた特性を示しました。
Ewingella americanaは血中から24時間後に完全に除去されたほか、肝臓・脾臓・肺・腎臓・心臓などの正常な臓器には一切定着せず、引き起こされる軽度炎症反応は一過性で72時間以内に正常化するなど、優れた安全性を示しました。
さらに、60日間の長期観察でも、マウスに対する慢性的な毒性はみられませんでした。これは、従来の抗がん剤が持つ深刻な副作用と比較すると、画期的な改善といえます。
従来の治療法との比較
化学療法(抗がん剤)との違い
従来の抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまうため、脱毛、吐き気、免疫力低下などの副作用が避けられませんでした。一方、E. americanaはがん組織に選択的に集積するため、このような全身的な副作用のリスクが大幅に低減されます。
免疫チェックポイント阻害薬との違い
現在、がん免疫療法の主流となっている免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞による免疫抑制を解除する薬ですが、すべての患者に効果があるわけではありません。E. americanaはこれらの免疫チェックポイント阻害薬を大きく上回る治療効果を示しました。
手術との組み合わせの可能性
手術で取りきれなかった微小ながん細胞や、転移したがんに対して、この細菌療法を併用することで、より完全な治療が可能になる可能性があります。
実用化への道のりと課題
現在の進捗状況
この研究成果は、2025年12月10日に国際学術誌「Gut Microbes」に掲載されました。しかし、実際の臨床応用にはまだいくつかのステップが必要です。
今後の研究計画
研究チームは、以下の研究開発を進める予定としています。
1. 他のがん種への適用拡大
現在の実験は主に大腸がんモデルで行われていますが、乳がん、膵臓がん、メラノーマなど、多様ながん種での効果検証が必要です。
2. 投与方法の最適化
現在は静脈投与が行われていますが、分割投与や腫瘍内投与など、より安全で効果的な投与法の開発が検討されています。
3. 併用療法の開発
既存の免疫療法や化学療法との組み合わせによる相乗効果の検証も重要な研究テーマです。
人間への応用に向けた課題
マウスで成功した治療法が、そのまま人間にも効果を発揮するとは限りません。人間への応用には以下のような課題があります。
安全性の再確認
マウスと人間では体の大きさも免疫システムも異なります。人間の体内での細菌の挙動、免疫反応、長期的な影響など、詳細な安全性評価が必要です。
最適な投与量の決定
体重や体表面積に基づいて、人間に最適な投与量を決定する必要があります。
製造・品質管理の確立
医薬品として実用化するためには、細菌を安定的に培養し、高い品質を保ったまま大量生産する技術が必要です。
臨床試験のプロセス
通常、新しい治療法が承認されるまでには、第I相試験(安全性の確認)、第II相試験(有効性の予備的評価)、第III相試験(大規模な有効性と安全性の確認)という段階を踏む必要があり、これには通常10年以上の時間がかかります。
この発見が持つ広い意味
生物多様性の重要性
この発見は、生物多様性の保全がいかに重要かを示す好例です。私たちの身近にいるアマガエルの腸内に、がんという人類最大の敵を倒す鍵が隠されていました。
もし日本の自然環境が破壊され、ニホンアマガエルが絶滅していたら、この発見は永遠に失われていたかもしれません。未知の生物資源には、まだ発見されていない医療的価値が数多く眠っている可能性があります。
細菌療法の復活
約130年前にウイリアム・コーリーが始めた細菌療法が、最新の科学技術によって復活しました。歴史的なアイデアが、現代の技術と融合することで、新しい医療の可能性を開いたのです。
腸内細菌研究の新展開
近年、腸内細菌が人間の健康に与える影響が注目されていますが、この研究は腸内細菌研究に新しい方向性を示しました。人間以外の生物の腸内細菌にも、医療に役立つ可能性が秘められているのです。
がん患者への希望
現在がんと闘っている患者さんやそのご家族にとって、この発見は大きな希望となるでしょう。ただし、現時点ではまだマウスでの実験段階であり、人間への応用にはまだ時間がかかることを理解しておく必要があります。
それでも、この研究が順調に進めば、数年後には臨床試験が始まり、将来的には新しいがん治療の選択肢として実用化される可能性があります。
世界の反応と今後の展望
この発見は国際的にも大きな注目を集めています。世界中の研究機関が、同様のアプローチで新しいがん治療法を探索し始める可能性があります。
また、日本の基礎研究の高いレベルを世界に示す成果でもあります。北陸先端科学技術大学院大学という地方の大学から、世界を変える可能性のある発見が生まれたことは、日本の科学研究の層の厚さを物語っています。
まとめ:小さな生き物が秘めた大きな可能性

ニホンアマガエルという私たちの身近な生き物の腸内から発見されたEwingella americanaは、がん治療に革命をもたらす可能性を秘めています。
- たった1回の投与で腫瘍を完全消失させる驚異的な効果
- がん組織だけを狙い撃ちする精密性
- 正常組織への影響が少ない優れた安全性
- 免疫記憶を形成し、再発を防ぐ可能性
これらの特性は、従来のがん治療法が抱えていた多くの問題を解決する可能性があります。
実用化までにはまだ多くの研究が必要ですが、この発見は確実にがん治療の新しい扉を開きました。自然界には、まだ私たちが知らない医療の可能性が無数に眠っているのかもしれません。
小さなアマガエルが、人類の長年の敵であるがんとの闘いに、新しい武器を提供してくれたのです。この発見が一日も早く実用化され、多くのがん患者さんを救う日が来ることを期待しましょう。
参考文献
- 北陸先端科学技術大学院大学プレスリリース「両生類・爬虫類の腸内細菌から画期的ながん治療細菌を発見!」(2025年12月)https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/12/15-1.html
- Iwata, S., et al. “Discovery and characterization of antitumor gut microbiota from amphibians and reptiles: Ewingella americana as a novel therapeutic agent with dual cytotoxic and immunomodulatory properties” Gut Microbes, 2025.https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12710904/


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