
はじめに
確率論の世界には、私たちの直感を裏切る興味深い現象が数多く存在します。その中でも特に有名なものが「モンティホール問題」です。この記事では、モンティホール問題とは何か、その基本的な仕組みから数学的な解析、シミュレーションによる検証、そして実際の応用例に至るまで、詳しく丁寧に解説いたします。直感と数学が衝突するこのパラドックスを理解することで、確率論の奥深さや、私たちが普段どのように意思決定を行っているのかについて、新たな視点を得ることができるでしょう。
モンティホール問題は、一見すると単純なゲームのように思えますが、その背後には確率論の重要な原理が隠されています。この問題を通じて、私たちは直感だけに頼ることの危険性や、数学的な分析がいかに役立つかを学ぶことができます。また、この問題が単なる知恵の輪を超えて、統計学や意思決定論に深い影響を与えている点も見逃せません。それでは、具体的にモンティホール問題とはどのようなものなのか、順を追って見ていくことにしましょう。

1. モンティホール問題とは?
モンティホール問題(Monty Hall Problem)は、確率論における非常に有名な思考実験の一つです。この問題は、アメリカのテレビ番組『Let’s Make a Deal』の司会者であったモンティ・ホールにちなんで名付けられました。初めてこの問題を耳にしたとき、多くの人が「そんなはずはない」と感じるような結果をもたらすため、確率論のパラドックスとして広く知られています。
1.1 問題の基本設定
モンティホール問題の設定は、以下のように非常にシンプルです。
あなたの目の前に、3つのドアがあります。それぞれのドアには番号が付けられており、例えば「ドア1」「ドア2」「ドア3」と呼びます。 これら3つのドアのうち、1つだけが豪華な賞品である「車」を隠しており、残りの2つには「ヤギ」が隠されています。ここで、ヤギは「はずれ」を意味します。 あなたはまず、3つのドアの中から1つを選びます。例えば、「ドア1」を選んだとしましょう。 次に、司会者であるモンティ・ホールが登場します。彼は、あなたが選んだドア以外の2つのドアのうち、ヤギが隠されているドアを必ず1つ開けて見せます。例えば、あなたが「ドア1」を選んだ場合、モンティが「ドア3」を開けて、そこにヤギがいることを示すかもしれません。 その後、モンティはあなたにこう尋ねます。「選択を変えますか?」つまり、最初に選んだ「ドア1」をそのままにするか、それとも残ったもう1つのドア(この場合は「ドア2」)に変更するかを決めなければなりません。 さて、あなたはどうしますか?選択を変えるべきでしょうか、それともそのままにしておくべきでしょうか?
この問題は一見単純に見えますが、実は多くの人が直感的に間違った答えにたどり着いてしまうことで知られています。なぜなら、選択を変更するかどうかの判断が、私たちの普段の感覚と数学的な確率の結果とで大きく異なるからです。
1.2 直感が裏切られる理由
モンティホール問題を初めて聞いたとき、多くの人はこう考えるかもしれません。「最初に3つのドアから1つを選んだ時点で、車の確率は1/3。モンティが1つのドアを開けた後、残りは2つのドアだから、どちらを選んでも確率は1/2になるはずだ」と。この考え方は非常に自然で、確かに一見正しそうに思えます。しかし、実際にはそうではありません。選択を変更したほうが勝つ確率が2倍になるという結果が、数学的に正しいのです。このギャップが、モンティホール問題をパラドックスたらしめている理由です。
では、なぜこのような直感的な誤解が生じるのでしょうか?それは、モンティがドアを開けるという行為が、単なるランダムなイベントではなく、「必ずヤギのドアを開ける」という条件付きの行動だからです。この条件が、確率の分布を変化させ、選択を変更する戦略を有利にしているのです。この点を後ほど詳しく説明いたします。
1.3 歴史的背景
モンティホール問題が広く知られるようになったのは、1990年にマリリン・ボス・サヴァントというコラムニストが、雑誌『Parade』でこの問題を取り上げたことがきっかけです。彼女は読者からの質問に答える形で、選択を変更するほうが有利であると説明しました。しかし、この回答に対して多くの読者、特に数学者や統計学者を含む専門家から反論が寄せられました。彼らは「確率は1/2であるはずだ」と主張し、彼女の説明を誤りだと批判したのです。
しかし、サヴァントの説明は正しく、後に数学的な証明やシミュレーションを通じてその正しさが広く認められるようになりました。このエピソードは、モンティホール問題がどれほど直感に反するかを示す象徴的な出来事として、現在でも語り継がれています。

2. 数学的解析:本当に選び直すべきなのか?
モンティホール問題の核心は、「選択を変えたほうが勝つ確率が高いのか?」という点にあります。ここでは、2つの戦略——「選択を変えない場合」と「選択を変える場合」——について、確率を数学的に計算し、その結果を丁寧に確認してみましょう。
2.1 戦略①:最初の選択を変えない場合
まず、あなたが最初にドアを選んだ時点での状況を考えてみます。3つのドアがあり、そのうち1つだけが車です。したがって、以下の確率が成り立ちます。
- 車を選ぶ確率:1/3
- ヤギを選ぶ確率:2/3
ここで、あなたが「ドア1」を選んだと仮定しましょう。そして、選択を変えない戦略を取る場合を考えます。この場合、最初に車を選んでいた場合にのみ勝つことができます。したがって、勝つ確率は以下の通りです。
- 勝率 = 車を選ぶ確率 = 1/3
この計算は非常に単純で、直感的にも理解しやすいものです。選択を変えない場合、勝つ確率は1/3、つまり約33.3%となります。モンティがドアを開ける行為は、この確率に影響を与えません。なぜなら、あなたが最初に選んだドアの結果は、モンティの行動に関係なく固定されているからです。
2.2 戦略②:選択を変える場合
次に、選択を変更する戦略を考えてみましょう。ここがモンティホール問題の鍵となる部分です。
あなたが「ドア1」を選んだとします。モンティは、あなたが選んでいないドア(「ドア2」と「ドア3」)のうち、ヤギがいるドアを必ず1つ開けます。例えば、「ドア3」を開けて、そこにヤギがいたとしましょう。すると、残る選択肢は「ドア1」(あなたの最初の選択)と「ドア2」(変更可能なドア)の2つになります。
ここで重要なのは、モンティが「ヤギのドアを必ず開ける」というルールです。このルールがあるため、状況が単純な「2択」ではなく、最初の選択とモンティの行動によって条件が変化します。以下のように場合分けして考えてみましょう。
- ケース1:最初に車を選んでいた場合(確率1/3)
あなたが「ドア1」を選び、それが車だったとします。モンティは残りの2つのドア(「ドア2」と「ドア3」)のうち、ヤギがいるドア(例えば「ドア3」)を開けます。このとき、選択を「ドア2」に変えると、ヤギを選ぶことになり、負けてしまいます。つまり、選択を変えると負けるケースです。 - ケース2:最初にヤギを選んでいた場合(確率2/3)
あなたが「ドア1」を選び、それがヤギだったとします(例えば、「ドア2」が車、「ドア3」がヤギ)。モンティは残りのドアのうちヤギがいる「ドア3」を開けます。このとき、選択を「ドア2」に変えると、車を選ぶことになり、勝ちます。最初の選択がヤギである確率は2/3であり、モンティがもう1つのヤギを開けるため、変更先は必ず車になります。
したがって、選択を変える場合の勝率は以下の通りです。
- 最初にヤギを選ぶ確率:2/3
- 変更後、車を選ぶ確率:2/3
つまり、選択を変えると勝つ確率は2/3、約66.7%となります。これは、選択を変えない場合(1/3)の2倍です。この結果が、直感に反する理由であり、多くの人が混乱するポイントです。
2.3 直感と数学のギャップを埋める説明
なぜ直感では「1/2」と感じてしまうのでしょうか?それは、モンティがドアを開けた後、残りの選択肢が2つになるため、「車がどちらかにある確率は半々」と考えてしまうからです。しかし、モンティの行動がランダムではなく、「必ずヤギのドアを開ける」という条件付きであることが、確率を変化させています。選択を変えることで、最初の2/3の「ヤギを選ぶ確率」を「車に変換」できるのです。この点を理解することが、モンティホール問題を解く鍵となります。
2.4 より大きなドアの数での拡張
モンティホール問題をさらに深く理解するために、ドアの数を増やした場合を考えてみましょう。例えば、ドアが10個あり、そのうち1つが車、9つがヤギだとします。あなたが「ドア1」を選んだ後、モンティが残りの9つのドアのうち8つを開けてヤギを見せ、残り1つのドア(例えば「ドア10」)を提示した場合、選択を変更するべきでしょうか?
この場合も同様のロジックが適用されます。最初に車を選ぶ確率は1/10、ヤギを選ぶ確率は9/10です。モンティが8つのヤギを開けた後、変更先が車である確率は9/10となります。一方、最初の選択を維持する勝率は1/10のままです。ドアの数が増えるほど、選択を変更するメリットがより明確になります。
3. シミュレーションによる確認
数学的な計算で「選択を変えるほうが有利」とわかっても、直感とのギャップを埋めるには、実際に試してみることが有効です。ここでは、Pythonを使ったシミュレーションを行い、理論が正しいことを確認してみましょう。
3.1 シミュレーションのコード
以下は、モンティホール問題をシミュレーションする簡単なPythonコードです。
import random
def monty_hall_simulation(trials=10000, switch=True):
win_count = 0
for _ in range(trials):
# ドアの設定:0=ヤギ、1=ヤギ、2=車
doors = ['goat', 'goat', 'car']
random.shuffle(doors) # ランダムに配置
choice = random.randint(0, 2) # 最初の選択
# 司会者がヤギのドアを1つ開ける
available_doors = [i for i in range(3) if i != choice and doors[i] == 'goat']
opened_door = random.choice(available_doors)
# 選択を変える場合
if switch:
choice = next(i for i in range(3) if i != choice and i != opened_door)
# 勝敗の確認
if doors[choice] == 'car':
win_count += 1
return win_count / trials
# 10,000回の試行で勝率を計算
print("選択を変えない場合の勝率:", monty_hall_simulation(switch=False))
print("選択を変えた場合の勝率:", monty_hall_simulation(switch=True))
3.2 結果の分析
このコードを実行すると、以下のような結果が得られます。
- 選択を変えない場合の勝率:約0.33(33%)
- 選択を変えた場合の勝率:約0.66(66%)
この結果は、数学的な計算(1/3と2/3)とほぼ一致します。シミュレーションを繰り返すことで、理論が現実と合致することを実感できます。試行回数を増やせば増やすほど、結果は理論値に近づいていくでしょう。
3.3 実際の試行例と視覚化
さらに理解を深めるために、試行回数を変えて結果をグラフ化することもできます。例えば、試行回数を100、1,000、10,000と増やし、それぞれの勝率をプロットすると、選択を変更する戦略が安定して2/3に収束していく様子が見て取れます。このような視覚的な確認は、直感と理論の橋渡しに役立ちます。

4. モンティホール問題の応用
モンティホール問題は、単なるゲームやパズルにとどまらず、確率論や意思決定の分野で幅広い応用が可能です。ここでは、その一部をご紹介します。
4.1 ベイズ統計との関係
モンティホール問題は、ベイズの定理を用いても解析できます。ベイズの定理は、条件付き確率を計算するための基本的な公式であり、次のように表されます。
モンティがドアを開けたという情報(B)を考慮することで、車が特定のドアにある確率(A)を更新できます。このアプローチを使うと、選択を変更する戦略が有利であることが、より形式的に証明されます。例えば、モンティが「ドア3」を開けた場合、残りのドアの確率を再評価することで、2/3という結果が導かれます。
4.2 医療診断への応用
モンティホール問題の考え方は、医療診断にも応用できます。例えば、ある病気の検査で陽性反応が出た場合、その人が実際に病気である確率を計算する際、偽陽性や偽陰性の確率を考慮する必要があります。モンティホール問題のように、追加の情報(例えば別の検査結果)が得られたとき、確率を更新するプロセスが重要です。具体的には、初期の診断確率(事前確率)を、検査結果という条件付き情報で更新するプロセスが、ベイズ的なアプローチとして活用されます。
4.3 機械学習と意思決定論
機械学習では、ベイズ推定を用いたモデルが広く使われています。モンティホール問題の原理は、不確実な状況下での最適な意思決定を考える際にも役立ちます。例えば、リソースが限られた状況でどの選択肢を優先するかを決める際に、確率の更新が鍵となります。強化学習やベイズ最適化などの分野では、こうした考え方がアルゴリズムの基礎となっています。
4.4 日常生活での類似例
日常生活でも、モンティホール問題に似た状況は意外と多く存在します。例えば、複数の選択肢から1つを選び、その後に新たな情報が得られた場合、その情報をどう活用するかが重要です。買い物で「この商品を選ぶか、あの商品に変えるか」を迷うとき、店員のアドバイスやレビューが「モンティのドアを開ける」行為に似ていると考えると、選択を変更する価値が見えてくるかもしれません。

5. まとめ
モンティホール問題は、確率論における直感的な誤解を示す代表的な例です。この問題を通じて、以下のポイントが明らかになりました。
- 選択を変えた場合の勝率は2/3であり、変えない場合(1/3)の2倍です。
- 直感に反する結果ですが、数学的な計算とシミュレーションでその正しさが確認できます。
- ベイズ統計や意思決定論など、実際の分野に応用可能な深い洞察を含んでいます。
この問題を理解することで、確率論や統計学の考え方をより深く学ぶきっかけとなるでしょう。直感と論理が衝突する瞬間を楽しむとともに、数学の力を信じる大切さを再認識していただければ幸いです。また、日常生活や専門分野で不確実性に直面したとき、この問題から得た教訓を活かして、より賢明な判断を下すことができるかもしれません。


