重力がエントロピー起源であるという革命的な新理論:量子重力と暗黒物質の謎に迫る
2025年3月、Queen Mary University of London(ロンドン大学クイーン・メアリー校)のGinestra Bianconi教授による衝撃的な論文がPhysical Review Dに掲載されました。論文タイトルは「Gravity from Entropy」で、重力が量子相対エントロピーから導かれるという大胆な主張を展開しています。この理論は、従来の物理学の枠組みを根本から揺るがす可能性を秘めており、量子力学と一般相対性理論の統一、さらには暗黒物質や宇宙膨張の謎解明への道を開くものとして、科学界で大きな注目を集めています。
本記事では、この新理論の詳細な内容、歴史的背景、数学的基礎、科学的意義、潜在的な影響、そして今後の課題について、徹底的に解説します。重力という私たちが日常的に感じる最も基本的な力が、実は宇宙の「乱雑さ」を表すエントロピーから生まれるという視点は、物理学の新時代を予感させます。
新理論の概要:重力が量子エントロピーから生まれる

Bianconi教授の理論の核心は、重力を「時空のメトリックと物質場が誘起するメトリックの間の量子相対エントロピー」として定義することです。従来のアインシュタインの一般相対性理論では、重力は質量が時空を曲げることで生じると説明されます。しかし、この新理論では、時空のメトリックを量子演算子(密度行列のようなもの)とみなして、物質場が別のメトリックを誘起し、その差異が量子相対エントロピーとして現れ、それが重力の行動(action)を決定すると主張します。
量子相対エントロピーとは、量子情報理論で2つの量子状態の「違い」を測る量で、フォン・ノイマンエントロピーの一般化です。このエントロピーを最小化するように行動が決定されることで、修正されたアインシュタイン方程式が導かれます。低結合限界では通常のアインシュタイン方程式(宇宙定数ゼロ)に還元されますが、補助場であるG-fieldを導入すると、小さな正の宇宙定数が自然に現れます。この宇宙定数は、観測される宇宙の加速膨張と一致する可能性があります。
教授自身は、「この研究は量子重力がエントロピー起源であることを提案し、G-fieldが暗黒物質の候補となり得ることを示唆している」とコメントしています。重力が基本力ではなく、統計力学的なemergent現象であるという視点は、Erik Verlindeの2010年のエントロピー重力理論を量子レベルで拡張したものです。
研究の歴史的背景:エントロピーと重力の長年のつながり
重力とエントロピーの関係は、1970年代に遡ります。Jacob BekensteinとStephen Hawkingは、ブラックホールの地平線面積がエントロピーに対応し、ブラックホールが熱輻射(Hawking輻射)を放つことを示しました。これにより、ブラックホールは熱力学的な物体として扱えるようになり、重力が熱力学法則に従うことが明らかになりました。
1995年には、Ted Jacobsonが、熱力学の第一法則とエントロピーの関係からアインシュタイン方程式を導出する「熱力学的重力」を提案。2010年のVerlindeのエントロピー重力理論は、重力をホログラフィックスクリーンのエントロピー変化として説明し、ニュートンの法則を導きました。しかし、これらは古典的または半古典的で、量子レベルでの厳密な定式化が欠けていました。
Bianconiの理論は、これらを量子情報理論で統一。時空を量子演算子として扱い、Dirac-Kähler形式で物質場をトポロジカルに記述することで、量子相対エントロピーを用いた行動を構築します。これにより、量子重力の候補として位置づけられます。
理論の詳細:数学的基礎とG-fieldの役割
理論の数学的基盤は、時空のローレンツメトリックを量子密度行列のように扱う点にあります。物質場は0-form、1-form、2-formの直和として記述され、Hodge-Dirac演算子で誘起メトリックを定義。行動Sは、
S = ∫ quantum relative entropy (g, g_matter) d⁴x
のように量子相対エントロピーとして与えられます。
これを変分すると修正重力方程式が得られ、G-field(ラグランジュ乗数として導入)を加えると、ドレスされたEinstein-Hilbert行動になり、方程式はメトリックとG-fieldについて2階微分のみで閉じます。重要な点は、宇宙定数がG-fieldのみに依存し、手動で挿入せずemergentに現れることです。
この枠組みは、弦理論やループ量子重力とは異なり、情報理論ベース。カノニカル量子化が可能で、プランクスケールでの量子効果を扱える可能性があります。
科学的意義:暗黒物質と暗黒エネルギーの再解釈


この理論の最大の魅力は、暗黒物質への示唆です。宇宙の質量・エネルギーの約27%を占める暗黒物質は、粒子として検出されていませんが、Bianconi理論ではG-fieldがその効果を説明する候補となります。銀河の回転曲線(外縁部で速度が落ちない現象)は、通常暗黒物質ハローで説明されますが、この理論ではエントロピー起源の修正重力が代替説明を提供するかも知れません。
さらに、emergentな小さな正の宇宙定数は、暗黒エネルギー(宇宙加速膨張の原因)と一致。量子真空エネルギーの巨大な予測値との矛盾(宇宙定数問題)を解決するヒントになる可能性があります。
関連する過去の理論との比較
- Verlindeのエントロピー重力(2010):ホログラフィック原理から重力をエントロピー力として導出。ニュートン法則を再現したが、相対論的拡張が難しかった。
- Jacobsonの熱力学的重力(1995):局所Rindler地平線でのエントロピーからアインシュタイン方程式を導出。
- Padmanabhanの仕事:重力を装備分担則から導く。
Bianconi理論は、これらを量子相対エントロピーで統一し、G-fieldによる修正で観測と整合させる点が新しく、量子重力への橋渡しとして優位です。
今後の課題と検証方法
この理論は魅力的ですが、初期段階です。主な課題は:
- 観測的検証:銀河回転曲線、宇宙背景輻射、重力波データとの詳細比較が必要。JWSTやLISAなどの次世代観測でテスト可能。
- 量子整合性:プランクスケールでの振る舞い。ブラックホールエントロピーや情報パラドックスとの関係。
- 粒子物理との統合:標準模型とのカップリング。
- 数学的厳密性:行動の正定性や安定性。
研究チームは、シミュレーションと観測データ解析を進めています。もし証明されれば、暗黒物質粒子探索(LHCなど)のパラダイムを変えるかも知れません。
一般への影響:世界観を変える可能性
この理論が正しければ、重力は「力」ではなく「エントロピーの駆動」となります。宇宙の時間箭(エントロピー増大)と重力が結びつき、ビッグバンからの進化を新しく説明。SF的な応用として、エントロピー操作による反重力技術が想像されますが、現実的にはエネルギー革命や宇宙旅行の基礎になるかも。
また、哲学的に、宇宙が情報と統計からemergentであるという視点は、決定論を超えた確率的宇宙観を強めます。
まとめ:物理学の新地平
Ginestra Bianconi教授の「Gravity from Entropy」は、重力を量子エントロピー起源とする革新的理論です。一般相対性理論を拡張し、量子重力、暗黒物質、宇宙定数問題に統一的解答を提案。まだ検証が必要ですが、成功すれば物理学の歴史を変えるでしょう。
私たちの立つ地面を引きつける重力が、宇宙の乱雑さから生まれるとは、驚くべき洞察です。この理論の進展に、目が離せません。
ソース:
Ginestra Bianconi, “Gravity from entropy”, Phys. Rev. D 111, 066001 (2025). DOI: 10.1103/PhysRevD.111.066001
Queen Mary University of London プレスリリース (2025年3月)


